東京高等裁判所 昭和30年(う)247号 判決 1955年8月30日
控訴人 被告人 吉崎喜次 外一名
弁護人 中村武 外一名
検察官 小西太郎
主文
被告人両名の本件控訴はいづれもこれを棄却する。
被告人吉崎喜次の当審における未決勾留日数中一三〇日を同被告人の本刑に算入する。
当審における訴訟費用中、証人大木保、同中村豊一、同片桐久吉、同桜井清義に支給した分は、被告人両名の負担とし、証人小林敏雄及び国選弁護人中村武に支給した分は被告人吉崎喜次の、国選弁護人森岡庸光に支給した分は被告人加藤俊一郎の負担とする。
理由
本件控訴の趣意は末尾添付の被告人両名竝に被告人吉崎喜次の弁護人中村武提出の控訴趣意書記載のとおりであるからここにこれを引用する。これに対する当裁判所の判断は左のとおりである。
被告人両名の控訴趣意中事実誤認の論旨並に被告人吉崎喜次の弁護人中村武の控訴趣意第一点について
原判決の認定した被告人両名の判示(一)、の詐欺、被告人吉崎の判示(二)、の有印私文書偽造同行使詐欺の事実は、それぞれ原判決引用の証拠によりこれを認めるに足り、記録を精査検討し当審における事実取調の結果に徴しても、原判決の右各事実の認定が所論のように誤認であることを窺うことができない。すなわち凡そ旅館に宿泊するときは特に反対の事情の存しない限り宿泊料の支払をすることが一般慣例であるから旅館に対する宿泊の申込には自ら宿泊料支払の暗黙の意思表示を包含するものと解するを通例として従つて宿泊者が宿泊料支払に要する所持金もなく、且つ宿泊料を支払える見込もないのにかかわらず、その事情を告げず人を欺く意思で単純に旅館に宿泊すれば、その宿泊の行為自体が欺罔行為であると認めるを相当とするところ原判決が判示(一)、事実認定に引用した証拠によると、昭和二十八年八月三日当時被告人吉崎は事業に失敗して借財が嵩み、被告人加藤は軽飲食店営業を休業中で共に資力竝に定職なく、偶々被告人加藤が事業上の資金難に陥つた東京都文京区森川町七六番地大木保から大木商会大木保振出の約束手形十四枚金額合計三〇〇万円の割引斡旋方を依頼されこれを承諾し、被告人吉崎もこれに協力することになつたのであるが、被告人両名は大木保に多額の負債があり、同人振出の約束手形の支払場所である株式会社第一銀行本郷支店には大木商会大木保の当座取引がないこと等を知悉していて、同人振出の手形の割引は極めて困難である事情を察知していながら、被告人吉崎の予て計画していた鉄類引揚作業の船長に内定していた佐藤善司から横須賀市で手形割引ができるかも知れないと聞くや、前同日直ちに被告人両名は相共に横須賀市に赴き宿泊料支払に要する所持金なく且つ宿泊料を支払える見込なく、その意思がないのにかかわらずこれあるように装い同市大滝町一丁目二十番地東郷旅館こと箕輪ふで方に宿泊し、同人をして被告人両名から宿泊料の支払を受け得るものと誤信させ、同日から被告人吉崎は同月三十一日まで、被告人加藤は同月二十日まで箕輪ふで方に宿泊滞在し、その間箕輪ふでをして被告人吉崎は代金一八、五六〇円に相当する宿泊飲食をさせ、被告人加藤は代金一四、九六〇円に相当する宿泊飲食をさせ、各その代金の支払をしないで右代金相当額の宿泊飲食による利得をしたものであることを認めることができるのである。原判決が判示(一)、として認定する事実もこれと同一事実を認定しているに外ならない。従つて被告人両名が前記期間東郷旅館こと箕輪ふで方に宿泊飲食したことは詐欺罪を構成するものといわねばならないのであつて、被告人両名が同旅館に宿泊滞在中所論のように手形割引に奔走していたとしても、該手形の割引が至難であることを察知していたことは被告人両名の知悉していたこと前記の通りであるし、現にその後においても大木商会こと大木保振出の約束手形は一枚も被告人等の手により割引し得なかつたことは原判決引用の証拠により認められるのであるから、右所論の事由により被告人両名に宿泊料を支払える見込があつたものということができないし、被告人両名に宿泊料支払の意思があつたとする被告人両名の原審公判廷における各供述は原審裁判官がいずれも原判決引用の証拠により措信し難いものとして事実認定の証拠に引用しなかつたものであり、原判決の引用する被告人加藤の司法警察員に対する供述調書が所論のように脅迫又は強要により作成されたものと認めるべき証拠はなく却つて当審証人加藤久吉の当公廷における供述によれば同供述調書は被告人加藤が任意にした供述に基いて作成されたものであることを認めることができる。次に原判決が判示(二)、の事実認定に引用した証拠によると、被告人吉崎は偽造した註文書を大日本機械工業株式会社において同会社係員に提出し右註文書が真正な註文書のように誤信させ同会社係員から自転車合計三十一台の交付を受けこれを騙取したものであることを認めることができるのであるから、被告人吉崎が所論のように右自転車の売込先から代金の支払を受けこれを大日本機械工業株式会社に支払う意思があつたとしても、これにより被告人吉崎は右自転車三十一台を騙取した詐欺罪の刑責を免かれることはできないのである。しからば原判決の事実誤認を主張する論旨はいづれも理由がない。
被告人加藤の控訴趣意中法令違反の論旨について
記録によると、被告加藤の原審弁護人福田庫文司は昭和二十九年十一月四日附証人尋問請求書(記録第八十六丁)により被告人加藤が被告人吉崎から横須賀で手形割引ができる、旅費宿泊料は要らないと云われ被告人吉崎の案内により東郷旅館に宿泊した事実を立証するため、証人佐藤善司、同箕輪康子、同箕輪ふで、大木商会大木保振出の約束手形の割引に要する費用は大木保の負担の約であつたことを立証するため、証人中村豊一、同大木保、被告人加藤が司法警察員の取調に際し被告人加藤に刑事責任がないことを強調しその旨供述調書に記載することを求めていた事実を立証するため証人片桐久吉、同桜井清義、被告人加藤の東郷旅館に宿泊した当時の資産状態を立証するため証人永井康之の尋問を請求したので、原審裁判官は同年十一月五日検察官の意見を聴いた上同日同弁護人請求にかかる証人中証人佐藤善司、同箕輪康子、同箕輪ふでを採用し、右三名を同年十一月九日午前十時横浜地方裁判所横須賀支部で尋問する旨を決定し、右三名を同年十一月九日の原審第二回公判期日において証人として尋問したが、同弁護人から証人として尋問請求のあつたその余の中村豊一、大木保、片桐久吉、桜井清義、永井康之の五名については採否の決定をしないで結審したことを認めることができるのである。このように原審裁判官が弁護人から尋問請求のあつた証人について採否の決定をしないで結審したことは刑事訴訟規則第一九〇条第一項に違反するもので、原審の訴訟手続には法令違背があるといわねばならないのであるが、当審の事実取調における証人大木保、同中村豊一の当公廷における供述によると、大木商会大木保振出の約束手形の割引に要する費用は大木保の負担の約ではなく、割引を斡旋する被告人加藤の負担の約であつたことが認められ、証人片桐久吉、同桜井清義の当公廷における供述によると、被告人加藤は司法警察職員である片桐久吉、桜井清義等の取調に際し当初犯行を否認していたがその後司法警察員作成の供述調書の通り任意に供述し、自己に刑事責任がないことを調書中に記載することを求めたことはなかつたことが認められ、証人永井康之は当公廷において昭和二十九年八月東郷旅館に宿泊した当時における被告人加藤の資産、資力の状況は確実には知らない旨を供述しているので、これらの証人等の証言に徴すると、被告人加藤の原審弁護人が同証人等によつて立証しようとした事項は原審においてその所期のように立証され得たものとは認められず、従つて右五名の証人尋問により原判決の認定した被告人加藤の判示(一)、の詐欺の事実が否定されるに至るべきものとは到底認められないのであるから、原審訴訟手続における右の法令違反は結局判決に影響を及ぼすものであるとは認められないのである。しからば被告人加藤のこの点の論旨も亦理由がない。
(その他の判決理由は省略する。)
(裁判長判事 近藤隆蔵 判事 吉田作穂 判事 山岸薫一)
被告人加藤の控訴趣意
私は昭和二十九年十一月二十六日横浜地方裁判所横須賀支部に於て刑法第三百四十六条第二項第一項第二十五条刑事訴訟法第百八十一条第一項本文に依つて判決を受けましたが本判決は全く不当でありますから控訴を提起致します。
罪を否定する事柄を左に列記致します。
一、被告人加藤俊一郎に対する昭和二十九年九月二十二日付訴訟状に記載された公訴事実は無根であります、
一、被告人の司法巡査に対する各供述書は司法巡査が事実無根にも拘はらず勝手に虚偽の作成をした事、
一、司法巡査は被告人加藤に対して終始脅迫を以て調書作成に技巧を弄し事実無根に対して強制的に署名捺印せしめられたる事、
一、被告人加藤は終始公判廷に於て又は上申書に依つて事実無根なる事を強く供述した事、
一、吉崎喜次の上申書、
一、被告は証人の申請を七名しましたが三名の許可通知があつたのみであとは不許可の通知もなくその後うやむやに終つた事、